白子斎奉閣
第二の人生と手打ちそば 家族に喜ばれた至福の時間
故人様は、生前、土地家屋調査士という法律を扱う堅実なお仕事に長く従事されていました。
正確さと責任が求められるその道を一筋に歩んでこられたお姿からは、誠実で真面目なお人柄がにじみ出ておられました。
そして65歳を迎え、いわば第二の人生を歩み始めたとき、故人様はひとつの趣味に深く魅了されます。
それが「そば打ち」でした。地域の仲間とともにサークルを立ち上げ、お一人の“師匠”から本格的な手ほどきを受け、道具をそろえ、技を磨かれました。その熱心な姿はもはや趣味の域を超え、人生の喜びそのものだったのかもしれません。ご家族様のお話によると、故人様が打たれたそばは、かけそばもざるそばも驚くほど美味しく、誰もが舌鼓を打たれたそうです。
ご自宅には、そば打ち用の鉢や麺棒、そして愛用のエプロンが今も大切に残されていました。
その想い出を皆さまにも感じていただきたいと思い、ご家族にご提案させていただきました。
「よろしければ、会場にそば打ちの道具をお持ちいただき、ご参列の皆様にもご覧いただきませんか?」その提案を快くお受けいただき、当日はご家族とのお写真とともに、故人様の人生の“味わい深さ”が伝わるコーナーが設けられました。
さらに―
「故人様の腕には到底及びませんが…」とお伝えしながら、私はそっと、かけそばとざるそばを一椀ずつお供えさせていただきました。その瞬間、奥様は目を潤ませ、静かに微笑まれました。
「この場に本物のそばがあるなんて…ありがとうございます」と、感慨深そうに話してくださいました。
通夜葬儀とも、喪家様の予想を超える多くのご参列がありました。それは、故人様がいかに多くの方に慕われ、人と人との間にあたたかな絆を紡いでこられたかの証でした。故人様が手で打ち、心で振る舞ったおそばには、ただ美味しいだけではない、人を想うやさしさが込められていたのだと、私は感じました。その想いは、ご家族のなかにも、ご参列の方々のなかにも、しっかりと残されていました。
このたびのお別れの場で、そのやさしさの余韻にそっと寄り添うことができたこと、心より感謝申し上げます。これからも、こうした想いに丁寧に寄り添えるお手伝いを続けていきたい――そうあらためて心に刻んだご葬儀でした。
2025年7月1日 H家様(担当:村田也)