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名張斎奉閣

展示物から蘇る、故人様の「記憶」 ~1964年東京オリンピックの聖火ランナー~

ご自宅に打ち合わせにお伺いすると ご家族から「飾りたいものが沢山ありますが、よろしいでしょうか?」とのお言葉がございました。お通夜までに故人様の生前の愛用品、思い出の品々を数多くお預かりいたしまして、会場のロビーにて展示いたしました。

参列者の方々や私自身が驚いた展示物は1964年の東京オリンピックの聖火リレーで使用されたトーチでした。なんと故人様は今から58年前の聖火ランナーの一人でした。
(当時は18歳の高校三年生)

大変興味を抱き、インターネットで検索をすると、故人様は三重県内の聖火ランナー62名のうちの8番目の正走者として当時のリストに掲載されておりました。1964年の9月30日に行われ、ルートとしては滋賀県から繋がれた聖火は津市まで下り、そこから伊勢湾沿いを北上して岐阜県へと繋がれたようです。
その時の聖火が灯されたトーチと着用されたランニングシャツはご自宅に大事に保管されておりました。故人様は58年前の貴重な出来事のお話を時々されており、当時を懐かしく回想することが度々あったようです。

故人様は学生時代よりサッカーをされており、高校でもサッカー部のキャプテンを務められました。大学はサッカー推薦で入学された程の実力者でしたので、ランナーに選ばれたのではないかとのことでした。

大学卒業後も地元の社会人チームでプレーし、4年に1度行われるワールドカップの公式ボールを集めることを楽しみにされていました。

故人様の奥様は「夫はゴルフも大好きで1か月に3回はゴルフ仲間とプレーすることが生きがいでした。」とおっしゃっていました。

お仕事においては、長年地元の郵便局にて郵便局長を務められました。また、地元の体育協会の会長なども歴任。地元のマラソン大会の開催等にも尽力され、長年の様々な功績が認められ、平成18年には文部科学大臣表彰生涯スポーツ功労者賞を受賞されました。

喪主を努められたご長男様は 「サッカーをプレーして、仕事を黙々とこなす父は本当にかっこよく、私にとってはヒーローでした。」
故人様の奥様からは 「寡黙で口数が少なかったけど、温和で優しく、皆に好かれる人間でした。」とのお言葉がございました。
ご家族の言葉を表すように通夜と葬儀には沢山の方が弔問・参列をされ、故人様の良き人柄が偲ばれました。参列者のお一人にお話をお伺いすると 「地元の名士で皆に尊敬され、慕われていた方でした。」とのお言葉が、大変印象的でした。

ご葬儀の一週間ほど前に、肺に腫瘍が見つかり手術をしましたが、容態が急変して突然亡くなられました。 突然の出来事でご家族の方も大変驚き、大きな悲しみの中でのご葬儀でしたが、沢山の方々が参列をされて、展示物をご覧頂いた状況に奥様からは「本当に飾って良かったです。綺麗に展示して頂きましてありがとうございます。」との嬉しいお言葉をいただきました。私自身も滅多に見ることができない貴重な資料を見る機会を与えられ、ご葬儀のお手伝いをさせていただきましたことに感謝の気持ちを抱かずにはいられない、そのような 「記憶に残る」 ご葬儀でした。

 

2022年3月28日 山本家様(担当:鈴木)